著者インタビュー

国民に、より身近な「司法」をめざして

『日本人の心得 裁判員になったら読む本』著者
 弁護士・岩井重一さん

今年の5月21日、いよいよ裁判員制度が施行されました。この日に合わせて発行された『日本人の心得 裁判員になったら読む本』は、裁判員制度の内容はもちろん、制度ができた背景や「法とは何か」といった根本的な内容まで網羅し、現在の司法が抱える問題についても言及しています。

構想からほぼ1年をかけて完成したこの本に込めた思いを、著者である、弁護士の岩井重一さんにうかがいました。

裁判員制度を「義務」ではなく「権利」から読み解く本を

― まず、『日本人の心得‐裁判員になったら読む本‐』を執筆されるにいたった経緯について教えていただけますか?

岩井 新聞やテレビなどの報道では、どちらかというと国民の負担や心理的な不安などマイナス面ばかりが取り上げられますが、国民が司法に参加できるようになったことは、日本人にとって歴史的にも大きな意味のある出来事です。

裁判員制度が国民の「義務」としてではなく、国民が勝ち取った「権利」であることをわかりやすく解説した本をまとめてみたいと思ったのがきっかけでした。

― 本の中では、裁判員制度の詳細よりもむしろ、「法とは何か」といった根本的な問題を掘り下げていますね。日本の歴史的な位置づけと世界との比較という、縦横の軸でまとめられているところも印象的でした。

岩井 制度の中身に関してはすでに多くの類書が出ていますので、私としてはそこに力を入れるより、裁判員制度を通じて法を身近に感じてもらえる本にしたいと思っていました。日本人にとって裁判は縁遠い存在ですし、法そのものに対する理解もあまりないというのが現状です。

それももとをたどれば、日本の学校教育で法を学ぶ機会がほとんどないことが原因ですね。多くの人が、法を知らないまま社会人になってしまう日本の現状は、世界のどの主要国と比較しても非常に珍しいわけです。そこで、一度、日本の国民に、法の根本的な部分まで知ってもらおうと、根本的な話題まで掘り下げてみました。

また、法を学び、理解することは、日本の民主主義の発展と、国民がより幸せに生きていける社会を実現することにつながります。そのつながりをわかりやすく示すことで、裁判員制度が日本の社会をよりよくするためにどれだけ重要な制度であるかもわかってもらえるだろうという意図もありました。

司法制度改革の流れから社会的な位置づけを解説

― 裁判員制度の意義と国民にとっての意義とメリットとは、具体的にはどのようなことでしょうか?

岩井 まず裁判員制度というのは、それだけがいきなり単体で生まれたものではなく、司法制度改革の一環で生まれたものだということをまず確認してもらいたかったのです。

この司法制度改革は、日本の国が戦後行なってきた官僚主導の国家づくりから、国民を主人公とした国に変えようという気運の高まりの中で、国民にとって真に頼れる司法を21世紀に向けて作ろうという目的で行なわれました。一言でいえば、利用者である国民の視点に立った制度に作り変えようじゃないか、ということだったのです。

そこで発足した司法制度改革審議会ではかなり熱い議論がなされ、その結果3つの柱が掲げられました。1つは、法曹の担い手を増やすための法科大学院の設置、2つ目は市民が気軽に法律に関するアクセスが受けられる日本司法支援センター(法テラス)の設置などです。

そして3つ目の柱となったのが、「国民の司法の参加」でした。国民主体の司法へと変えていこうという流れの中で、裁判員制度は生まれたということです。

― 著書の中にはそのあたりの流れが、しっかりとまとめられていますね。

岩井 そこは類書に例を見ないほど、丁寧にまとめたつもりです。日本にもかつて陪審制度があった歴史とか、主要8カ国(G8)の中で国民が司法に参加する制度がないのは日本だけ、といった実態も明らかにしていきました。メディアではあまり報じられず、国民にも知られていないこうした事実を国民に伝えることで、まず裁判員制度の本質が見えてくるのではないでしょうか。

― 原稿を書くにあたって、大切にしたことはどんなことでしょうか。

岩井 まず、いま話してきた内容を、いかにわかりやすい文章で説明するかということです。

ともすれば法律家が書く文章は堅く、難しくなりがちですし、特に法についての解説となると、専門用語も多いので読みづらいものになってしまう。でもそれでは一般の方に読んでいただけないだろうと。学生から大人まで幅広い層に読んでいただき、司法をより身近なものに感じてもらいたいとの願いがありましたので、なるべく平易な言葉で簡潔にまとめるように心がけました。

もう一つは、いま法曹界が抱える問題点についても、臆せず伝えたいということです。問題点をきちんと把握できれば、裁判員制度の生まれた意味やメリットがよりわかりやすくなるからです。

裁判官や検察の問題について弁護士の立場から厳しく指摘していますし、また弁護士が抱える矛盾や課題についても包み隠さず、提示したつもりです。

― でき上がった本をご覧になったとき、どんな印象でしたか?

岩井 まず「日本人の心得」というタイトルが気にいっています。すべての国民が司法に主体的に参加することによって、よりよい社会と国民が幸せになれる国を作っていこうという私の思いを、うまく表現してもらったと、嬉しく思っています。デザインもやわらかく、一般の方にも気軽に手にとって読んでいただける本になったととても満足しています。

― 本が発売されて以後、何か反響などはあったでしょうか?

岩井 法曹界の関係者からは、非常に読みやすくて、いい本だといったありがたい感想をいただいています。一般の人からも、わかりやすくて「一気に読めた」という声も届いています。全体的に好意的な反応をいただき、嬉しく思っています。

第一号裁判員裁判に期待するもの

― さて、いよいよ8月には、第一号の裁判員裁判が行なわれる予定です。いまのところ東京都足立区で起きた殺人事件がその対象となる予定ですが、岩井さんは初の裁判員裁判にどのような期待をしていますか?

岩井 まず同じ弁護士として、担当の弁護人がどのような弁護活動をするか、裁判員にどんなアピールをするのか、ということに注目しています。

期待するものとしては裁判員となった6人の方には、評議のテーブルで恐れず自分の意見をどんどん発言してもらいたいということです。そして、終わった後、彼らがその貴重な経験をいかに社会に伝えていくのか、といったことにも関心を持っています。

経験者がその経験を他の人に伝え、他の人がそれを吸収していくことで、より充実した制度になります。初めてのことですから多少の混乱は起こるかもしれませんが、見直すべきことは見直しつつ、より充実した制度にしていけばいいと思っています。

それからもう一つ、「刑罰」に関する理解も深まるといいですね。刑罰とは、犯罪を犯した人に制裁を加える目的だけでなく、更生を促すという教育的な意義も持ち合わせています。量刑を考えるときに、国民が刑罰の本当の意味を理解し、その延長線として、服役の実態や刑務施設についても、関心が高まることを期待しています。

― 裁判員制度が導入されたこのタイミングで、「足利事件」で無期懲役の判決を受けていた菅家利和さんの再審が決まりました。その影響をどのようにお考えですか?

岩井 東京弁護士会の会長が最近、発表した声明のとおり、「足利事件」は冤罪であったことが明確になったわけですね。司法の場で「疑わしきは罰せず」という憲法の理念がいかに反映されていなかったかを物語る事例として、社会にインパクトを与えました。

裁判員制度の最大の目的は、司法から冤罪をなくすことです。その意義と意味がこの事例でストンと腑に落ちた人も多いはずです。冤罪が起こらないよう、社会経験を持った市民の方々が裁判を監視し、見守ることが大切だということが、よりわかりやすくなったと思っています。

― 最後に、この本を読んでくださる読者に一言、メッセージをお願いいたします。

岩井 一部の例外はありますが、日本の成人なら誰もが裁判員になる可能性があります。候補に選ばれた人はもちろん、まだ選ばれていない人も、その日が来る前に一度、この本を通じて、裁判に市民が参加することの意義を理解してもらいたいですね。

また、人が法に関与するのは、裁判員制度に限ったことではありません。ある日突然、被疑者・被告人となる可能性は誰にもありますし、日常生活を送る上で何らかのトラブルに巻き込まれて、解決を法に頼ることもあるでしょう。その時に法を知っているか否かで人生が大きく変わることもあります。法は知るだけでなく、使ってこそ意味があるということも、知ってもらいたいと思います。

21世紀の社会を生きていく上での「心得」として、より多くの日本人のみなさんにこの本を手にしていただければ幸いです。

― 本日はありがとうございました。<2009年6月18日>

弁護士 岩井重一(アクト法律事務所)

1945年長野県生まれ。68年中央大学法学部卒業。69年司法試験合格後、司法修習生を経て、72年弁護士となり東京弁護士会に所属。91年東京弁護士会副会長に就任。2004年東京弁護士会会長となり、日本弁護士連合会副会長も兼務。現在は日本司法支援センター(愛称法テラス)の常勤弁護士推進本部長として活躍。

【 人物クローズアップ 】

「市民に身近な弁護士でありたい!」 司法アクセス改善のために取り組む日々

敷居の高い弁護士の世界にあって、一般の人が気軽に相談できる環境作りを手がけてこられた岩井弁護士。弁護士になったばかりの頃から市民と司法の架け橋をめざして、司法アクセスの改善に取り組んでこられました。

柔和な人柄から「岩井に相談すれば、なんとかしてくれる」との評判も高く、顧問契約は100数十団体に及びます。しかも小規模な企業や団体、個人とのつながりが深く、有名ミュージシャンから相撲部屋、町の整体院までも、そのフィールドの広さには定評があります。

一方、東京弁護士会会長と日弁連副会長との兼務時代(04年度)には、市民の司法の実現の観点から、司法制度改革の関連法案の国会での成立に尽力し、裁判員制度の実現に貢献したお一人でもあります。現在は日々の弁護活動のほかに、市民が気軽に相談できる日本司法支援センター(法テラス)のサービス拡充にも力を注いでいます。